オバマ政権の六ヶ月
変革はなされたか? 成果は挙げられたか?
軍事研究家、現あいおい損害保険株式会社顧問
オバマ大統領が米国史上初の黒人大統領として選出されて以来、早くも六ヶ月が経過しようとしている。オバマ大統領は大統領選挙を、「若さ」と「チェンジ」をスローガンにして、当初の大方の予想を覆して大統領に選出された。では、大統領就任以降の半年間の実績はどうであったのか、ここで検証することにより、オバマ大統領の真価を問うのも意義あることと思われる。半年では早過ぎるとの見方もあるかもしれないが、初の黒人出身大統領であるというだけでなく、その上若くかつ政治歴も乏しい。他方では、米国を取り巻く環境は内外ともに極めて厳しい状況にある。それだけに、米国は待ったなしの対応を各正面で迫られている。
米国民がそのような難局を打開するため、大胆な変革とその実行を期待したからこそ、未知数の若い黒人のオバマ氏に米国の将来を託したのであろう。しかしもしも、その実力が期待にそぐわないとすれば、米国のみならず、世界に与える影響も甚大である。とりわけ、日本の唯一の同盟国であり、日米安保体制に国家安全保障の根幹を依存している日本としては、オバマ政権の政策の向かうところとその問題点を的確に把握し、来るべき変化に備えておくことが、かつてなく求められている。そのような狙いをもって、オバマ大統領の就任以来の実績を省みることとする。
オバマ政権の基本政策は、国内政策では、行き詰った金融・経済問題を打開し、雇用の確保、低所得者の保護、新エネルギー、環境、福祉、教育、国民保険制度の見直しなどに取り組み、そのための財源は、軍事費の削減や高額所得者の負担増により確保しようとするものであった。対外政策においては、軍事力というハードパワーのみではなく、同盟国の支援獲得、途上国の開発支援、対外広報、技術開発力などのソフトパワーを駆使して、総合的なバランスのとれた対外政策を行うとする「スマートパワー」戦略である。その狙いは、これまでのような単独行動主義ではなく、対話を重視し、国際的な協調行動の全般的な調整、統制者となり、米国の負担を減らすとともに、世界におけるイメージを改善し、米国に対する信頼を取り戻すことにある。
スマートパワー戦略などの基本方針は、大統領選挙以前から超党派で主張されていた政策であり、国民一般の幅広い支持を得る、おおむね妥当な政策であるかに見えた。しかし現実に政策として採られた場合に、うまく目的を達成できるかは別問題である。そこで大統領の手腕が問われることになるが、就任から半年を経過し、オバマ大統領の真価が問われる時期に来ていると言えよう。
もともとオバマ大統領への支持は圧倒的なものではない。大統領選挙でオバマ候補が最終的に確保したのは、全得票数の五十三パーセントに過ぎなかった。大統領就任後、党派を超えた国民の団結を訴え、ゲーツ国防長官を留任させるなど、共和党を政権の一部に取り込んだのもそのような背景があった。オバマ大統領の就任直後の支持率も歴代大統領に比べ、特に高いわけではなかった。
ただし、その後の支持率は約三分の二を維持しており、比較的高い水準にある。特に一部には熱狂的な支持者がおり、オバマ大統領の政策にはなんでも無条件に賛成という雰囲気がある。日本国内に伝えられる、オバマ政権に対する世界各国の反応や米国民の支持振りについては、おおむね好意的報道が多い。外交的にも、柔軟な状況対応型で、対話重視姿勢は各国から好感をもって迎えられているとされている。
しかし日本ではあまり報道されていないが、米国内のマスメディアの一部や専門家の中には、冷静にその政策を評価して、否定的な見方をしている例が目立っており、大統領としての見識や実行力に疑問が出ている。その実態を課題ごとに概観する。
一 グァンタナモ問題
オバマ大統領が大統領に就任して最初に行ったのが、グァンタナモ基地に拘留されていたタリバン側の「捕虜(捕虜ではなく単なる犯罪者であるとの見方もある)」の拘束を解き、基地を閉鎖し、捕虜に対する水攻めなどの拷問まがいの過酷な尋問を全面的に禁止することであった。この処置は、アブグレイブ刑務所での捕虜虐待問題に象徴される、米国の非人道的で好戦的なイメージを払拭し、世界における米国のイメージを向上しようとするものであった。その意図は、ブッシュ政権が世界における米国のイメージを悪化させたとの批判に対応するものであり、スマート・パワーを重視するオバマ政権の対外政策の基本方針に沿ったものである。
しかし、その結果、各方面から批判が出ている。まず、前政権がとった対テロ戦争遂行のためには止むなしとしたこのような尋問手法の是非についてであるが、慣例を破り前政権の副大統領であったチェイニー氏が反論するなど、批判も高まっている。批判派の主旨は、捕虜への厳しい尋問は対テロ戦争に必要な情報を得るためには止むを得ない手段であり、国民を危険に曝すよりはましであるとするものである。また、CIA長官もオバマ政権になり、情報の素人だがイラクでの行き過ぎた尋問を摘発してきたレオン・パネッタ氏が起用されており、その能力にも疑問が出ている。さらに、尋問規制が強化され現場の情報担当者の間では戸惑いが出ており、一部では士気の低下や長期的な人材不足も懸念されている。グァンタナモ基地から解放したタリバンの受け入れ先についても、欧州諸国に要請したが、安全な人物なら米国自らが受け入れるべきだとの反論に遭い、撤回した。その後米国内での受け入れについても、各州からの反対にあっている。
このような批判に対し、オバマ大統領もテロ封じ込めのためには情報収集の必要があることを認め、尋問についても妥協姿勢を見せている。しかし大統領が妥協すれば、支持層であるリベラルな人権派からは裏切りと取られ反発を買うことになりかねず、ジレンマに陥っていると伝えられている。
二 経済問題
オバマ政権の直面する最大の課題は、経済不況の克服と財政の再建である。このため、オバマ政権は最大規模の財政出動を行い、公的資金を注入して金融機関などの救済を図ってきた。議会の共和党が余りの財政規模に、これでは長期にわたり財政赤字を生ずると懸念して、再建案がなかなか議会を通過しなかったほどである。しかし、この経済対策についても、骨子はすでにブッシュ政権時代に策定され予定されていたものであり、特に目新しいものではない。むしろその延長上で、さらに大規模な財政出動を行ったものといえる。「変革」というよりも「継承拡大」の色合いの濃い政策であった。
その効果がようやく現れだし米国経済も不動産市況など下げ止まりの兆候も見られる。しかし今オバマ政権は、GMの再建問題で大きな課題に直面している。GMの再建策が、オバマ大統領の有力な支持基盤である全米自動車労組を優遇し、一般の債権者を犠牲にしているとの批判である。そのため再建策は合意に達せず、GMは破綻の可能性が高まっている(5月29日現在)。今後GMが破綻すれば大量の失業者が出ることも予想されており、米経済は再び雇用悪化、消費の低迷、景気悪化という悪循環に陥る危険性にさらされている。
百年に一回とも言われる現在の米国経済の悪化は、誰が大統領になろうとも容易に回復できるものではなく、オバマ大統領のみに責任を問うのは過酷である。また、大規模な財政出動という政策も、他に選択肢のないものであったと見られる。問題は、今後出てくるその反動としての巨額の財政赤字に対し、長期にわたる財政の緊縮、増税など厳しい政策をとることが余儀なくされることであり、雇用の回復も容易ではないであろう。その建て直しのために国民には耐乏を強い、その一方で増税し、予算上もさらなる切り詰めを断行しなければならないことが目に見えていることである。国民をどう説得するのか、削減される部門の関連業界などの反発をどう和らげるのかが問われている。
三 予算配分、特に軍事費の削減問題
そのような中で新政権の下、初の予算教書が議会に提出された。その中では公約どおり、新エネルギー開発、環境対策、保険制度の充実、教育支援、雇用対策などについては、重点的に予算配分がされている。しかし、軍事費は六千六百四十億ドルに止まり、当初の要求額に比べた総削減額のほぼ半分を占めるなど、削減の重点対象となっている。このように、オバマ政権の予算教書では、重点政策に必要な予算を軍事費削減により捻出するとの方針が浮き彫りになっている。
最大の削減対象は、最新鋭のF-22ラプターの生産が、百八十三機で打ち切られ、空軍が要求していた五十機の追加生産が見送られことである。空軍の計二百三十三機という要求数は、「穏当な(見積りに基づく)脅威」に対処するために必要と見積もられていた機数である。ラプターの増加要求に固執した空軍司令官は更迭され、今回の生産打ち切り決定に至ったものである。同時にC-17大型輸送機の調達も見送られ、輸送距離の短い輸送機で代替されることになった。そのほか、欧州へのミサイル防衛システム配備は凍結され、技術的に難点のある多弾頭型ミサイル防衛システムの計画も中止された。海軍では新型駆逐艦の調達計画が見直され、空母も将来的には十一隻から十隻態勢への移行が見込まれている。このように、米軍の世界的戦力介入に必要な戦力やミサイル防衛システムの関連予算は削減されている。
他方では、対テロ作戦で威力を発揮している無人機のプレデターは増産されることになった。防護力の強化された新型装甲車両の調達、特殊部隊への支出は増額されている。また、初めてアフガン関連予算がイラク関連予算を上回るなど、当面のアフガン平定を重視するとのオバマ政権の姿勢が出ている。それと同時に、長期的な脅威に対応するための高価な先端兵器ではなく、当面の脅威に焦点を合わせたより費用対効果の高い兵器の開発や調達に重点的に予算配分を行うべきであるとの主張に沿った措置でもある。
しかし国内の軍需産業からは、雇用を確保するとしながら、軍需産業にだけは大幅な受注カットを強いるのは納得できないとの反論が早くも出ている。また同盟国に与える影響も深刻である。海外の前方展開戦力はすでに、米軍再編、トランスフォーメーションの動きの中、米本土防衛を重点とした態勢に転換中であるが、オバマ政権下ではこの動きが加速するであろう。またミサイル防衛についても消極的になれば、核拡散の脅威に直接曝されている同盟国の戦略防衛体制の構築は遅延することになる。日本のように、米軍の前方展開戦力に基地を提供することにより、米国の有事来援と国土回復のための反撃戦力の担保としていた国は、同盟関係のあり方を根本的に見直さなければならなくなると見られる。
またミサイル防衛システム、最新鋭戦闘機の整備、導入が計画よりも遅れ、自国の防衛体制に将来弱点が生ずる恐れもある。
四 苦境に立つ米軍
米軍はイラクとアフガンで長期にわたる対テロ戦争を遂行中である。その他にも世界の覇権国、警察官として、世界各地に兵力を展開している。しかしその内情は、パウエル元統合参謀本部議長が「正に崩壊しようとしている。」と嘆くほどの、窮状にある。
特に問題なのは募集難であり、兵員と将校の質の低下が憂慮されている。募集強化のための予算は五割増しになっているが、募集には結びついていない。最低ランクの徴募兵の比率が九〇年代の二パーセントから倍増し、軍内での犯罪、麻薬、精神障害などによる不適格者も急増している。大学生たちは反軍的ではないにもかかわらず、将校の募集に応ずるものは少なく、アイビーリーグ出身の将校は一パーセント以下に過ぎない。他方では、特殊部隊要員、情報関係の特技者など、高度の技能を必要とする兵員が定員割れを起こしている。
軍の不人気の大きな背景要因として、長期化する軍務に対する忌避感情があると言われている。米軍は正規軍とその予備役のほか、各州に州兵がおり州兵予備も保有している。有事には大統領の権限に基づき、連邦軍の一部に州兵を組み入れて戦うことが認められている。米軍は戦力の緊急増員を可能にするため州兵制度を最大限に活用し、長期化する対テロ戦争を戦っている。しかしその結果、三ヶ月程度の外地勤務の後、本国に帰還できるはずの州兵が一年以上も本国に帰還できず、そのために自殺者が倍増したり、離婚が増加するといった社会的問題が生まれている。海軍でも、充足率は八十六パーセントであり、イラクとアフガンを九十日で往復しているが、その間にほんのわずかの休みしかとれないという状況にある。そのため海軍でも優秀な兵員の中から早期除隊者が相次いでいる。
またアフガンやイラクに新鋭装備を集中しているため、その他の一般部隊の装備更新は遅れ老朽化している。例えば、米軍の中型車両や戦車は平均約二十年、F-15戦闘機は平均十七年間使用している。整備維持経費も削減され、陸軍州兵予備が十万品目以上を海外に送るなど、装備品や部品が大量に海外に転用されたため、一般部隊の稼働率が低下している。陸軍旅団戦闘チームの三分の二、州兵の半数は即応態勢に無い。装備品の充足率も低下しており、展開されていない州兵は三十四パーセント、陸軍予備は七十六パーセントが充足されているに過ぎない。また即応性の低下、低充足という状況は、仮にイラク戦争が終結したとしても、その後も老朽装備品の更新などに長期の日時が必要なため、当分続くと見られている。これでは、別のもうひとつの紛争があっても、装備品の不足から対処はできないだろうと憂慮されている 。
以上のような事情もあり、上に述べたように、高価な当面使う可能性のない先端装備品を調達するよりも、当面の作戦に必要な装備品の調達に重点的に予算配分すべきであるとの方針が打ち出された。ちなみにラプター一機の価格は三億四千五百万ドルで、その予算で募集強化のための全予算を賄うことができるとされている。
以上の米軍の窮状は、予想される米連邦予算の更なる緊縮から、今後さらに悪化すると予想される。米軍の戦力の相対的低下は今後徐々に表面化し、米軍の世界における覇権国、警察官としての地位の低下、国際的な危機時における介入能力の低下につながることになろう。
そうなった場合に世界の秩序や治安を誰が危険を犯して維持するのかという問題が生じてくる。日本のような国際秩序の受益国は、相応の負担を引き受けなければならない。オバマ政権は、現実的実利的で柔軟であるといわれるが、そのことは半面、同盟国といえども米国の国益に応えてくれなければ、それなりの報復を採るとの、覚めた現実主義外交を展開することも意味している。日本が米側の期待に応えなければ、日米同盟も空洞化するおそれが出てくるであろう。
五 対欧州政策
歴代米政権にとり欧州との関係は特別な重要性を持っている。バイデン副大統領も今年二月、「NATOは第二次大戦以来、共通の安全保障の礎である。二十一世紀に合わせるため、共有する安全保障を再コミットする必要がある。」と演説している。オバマ大統領は、金融サミット、NATO首脳会議出席をかねて、四月上旬にいち早く欧州を歴訪し、欧州各国首脳との会談に臨んだ。報道では、オバマ大統領は好感をもって迎えられたとされている。しかし、スマートパワー戦略に従い、欧州同盟国の支援を期待したオバマ大統領に対し、欧州各国の反応ははかばかしいものではなかった。
オバマ大統領が特に期待していたのは、折からの経済苦境とアフガンでの手詰まり情勢の中、欧州とりわけドイツによる、内需喚起とアフガンでの作戦への更なる兵力差出しであった。欧州は米国以上にサブプライムローンで打撃を受けていたが、EU中でもドイツの輸出攻勢による国内失業者の増大を懸念する米国は、特にドイツに対して輸出拡大ではなく内需喚起による景気回復政策を取るよう期待した。特に米国内自動車産業の再生に迫られているオバマ大統領としては、ドイツ車の輸出攻勢は防がねばならなかった。しかし、ドイツは、自国の銀行に対する公的資金注入すら抑制しているのに、これ以上の財政出動による内需喚起はできないと拒否した。
またアフガンへの増派問題についても、仏独は前向きではなく、一部の欧州諸国が小規模の短期増派に同意したに止まり、米側の期待に沿うものではなかった。欧州各国の任務についても警察部隊育成支援などを主としていることに米側の不満は高まっているが、任務の拡大に欧州各国は否定的である。なお、五月のNATO首脳会議では、NATO事務総長の「今年八月のアフガン大統領選挙以前に米軍を除き四千人の増派が必要」との呼びかけに応じて、英国が五百人以上、ベルギーが百五十人を派遣する意向を表明している。他方米国は二万一千人を増派するとしている。
このように欧州の対応は冷淡なものであり、米側の期待は裏切られたといえよう。
しかし、欧州に続くトルコの訪問では、オバマ外交は成果をあげている。中東の最初の訪問国としてトルコを訪問し、トルコのEU加盟を支持し、海賊対処のためトルコ軍の指揮下に置いている米海軍艦艇を慰問した。米国にとりトルコは、NATOの南翼であり、イランに対する中東でのカウンターバランサーとして、またグルジア問題でロシアと対峙しているコーカサス地域の米国の国益を防護し、かつイラクの安定化を支援するための戦略拠点として、またシリアやアフガニスタンへの支援のための通過ルートとして、地域全般にわたる戦略上重要な価値を有している。このようなトルコの価値に着目して、周辺情勢の変化に応じて大胆な関係強化を図った点は評価される。
六 対ロシア外交
オバマ大政権はロシアを「敵でもないが親密な同盟国でもない」と位置づけているが、核軍縮と核不拡散については「米国がロシアとともに主導すべきである」との立場である。オバマ大統領はロシアに対し、今年四月五日のプラハ演説では、「第一に行うべきこととして、核兵器を保有する国々の指導者たちに対し、「核兵器の無い世界」という目標に向けて、共同で取り組むことを説得していくべきである」としている。中でも呼びかけの主対象となっているのがロシアである。ロシアとは、START-Iに代わる「新たな戦略兵器削減条約の交渉」を行い、メドヴェージェフ大統領と自分は(ここ)ロンドンでこのプロセスに着手し、「今年年末までに法的拘束力を有し、十分に大胆な新しい条約を締結する」ことを追求すると表明している。
今回の交渉では、現在双方とも四千発から五千発程度と見られる核弾頭の総数を一千発程度にまで削減することが目指されている。基本的には、ロシア側はソ連崩壊後の混乱に伴う戦略兵器生産能力の低下からまだ完全には回復しておらず、従来から米国との核戦力格差が今後拡大していくことを懸念しており、核弾頭の総数を一千五百発に削減することを主張してきた。今回の削減交渉はロシア側の主張にもかなうものであり、交渉はこの点では基本的に進展すると見られる。
しかし核弾頭数の削減目標をどの程度とするかは、今後の交渉に待たねばならない。また運搬手段の面では、米国がほぼ完璧な残存性を持つトライデント潜水艦発射型弾道ミサイルとステルス爆撃機に搭載した巡航核ミサイルを主体としているのに対し、ロシアは地上配備型移動式ICBMを主体としており、その構成は非対称であり残存性も劣る。このため、ロシア側は核弾頭数だけではなく、運搬手段の制限も交渉対象とすることを要求すると見られる。今後、核弾頭数とともに運搬手段の種類と数と最終的な核弾頭数が交渉の焦点となるであろう。
ミサイル防衛についてはまだこう着状態が続いている。オバマ大統領は、ポーランドに配備される予定のミサイル防衛システムの配備を停止する代わりに、イランに対するロシアの支援を停止するよう要求したが、ロシア側は拒否した。オバマ大統領はミサイル防衛システムについては消極的であるが、ロシア側は強硬姿勢を崩しておらず、合意が成立するかは予断を許さない。
グルジア問題についても、今年四月のNATO首脳会議ではロシアを刺激することをおそれ、グルジア問題そのものの協議が見送られた。しかしその後ロシア側では、南オセチアとアブハジアの国境警備の全権がロシアに委任され、ロシア軍国境警備部隊が増強されるなど、事実上の併合の動きを進めている。それに対してNATO側は五月に予定通りグルジア軍との共同訓練を行うなど、緊張状態が続いている。
またアフガン作戦の中継基地となっているキルギスのマナス空軍基地の使用権を確保するためキルギス側に援助費増額を提示したが、ロシア側はそれを上回る額を提示し、結局マナス基地の使用権延長は拒否された。その代替基地を米側はロシアに要求したが、ロシア側は軍需物資以外に限り認めると、事実上拒否している。このままではアフガン作戦の後方支援体制は機能低下することになろう。
このように、米側がロシアのとの関係が期待していた交渉課題のうち、ほぼ期待通り進んでいるのは戦略兵器の新たな削減交渉のみであり、ミサイル防衛もグルジア問題もアフガン作戦への協力取り付けもイランへの支援停止も、ロシア側に拒否されたままである。
七 対イラン政策
イランに対しても、公約に従い直接対話を呼びかけたものの、イラン側は、呼びかけは「ジェスチャー」に過ぎずブッシュ政権の政策と「実質的変化はない」として呼びかけに応じていない。ただし、「根本的変化があれば会談に応ずる。」とのアフマディネジャド大統領の発言もあり、米側では国交断行中のイラン外交官との接触を禁ずる政府規則を見直すとの動きもある。ただし、今年六月十二日に予定されているイランの次期大統領選挙でも、強硬派のアフマディネジャド現大統領の再選が予想されており、現在の強攻策には変化ないものと見られる。このままでは、来年春ごろまでにはイランは核爆弾一発分の濃縮ウランの製造に成功するのではないかと予想されている。それを阻止するため、イランの大統領選挙後、今年中に新イラン大統領との会談が行われる可能性がある。
ただしこのような米国とイランの接近は、米国の同盟国であるサウジアラビア、米国との接近を試みつつあるシリアなどの警戒と反発を招く恐れもある。
また仮に対話にイランが応じたとしても、核開発を途中段階で停止に応ずるとは考えにくい。開発中止や放棄については、北朝鮮と同様に、そのプロセスや検証手段について合意することも、それを実行に移すことも容易ではない。交渉を進めている間にイランの核開発は完成段階に達するおそれもある。軍事オプションはオバマ大統領として避けたい選択であろうが、イランとの協議が決裂すれば、ソフトパワーでの交渉路線に替えて、イランの核開発を阻止する最後の好機に乗じて、イスラエル軍による空爆など何らかのハードパワーに訴える可能性も残っている。
八 イラク政策
イラクにオバマ大統領は、トルコ訪問後予告なしで訪問し、駐留米軍をねぎらった。席上イラクから二〇一一年末までに撤退することを再度表明した。イラクの治安情勢は二〇〇七年頃から年々改善されてきている。しかし皮肉なことに、オバマ訪問以降イラクではテロが再発するようになり治安状況はむしろ悪化している。現在の計画では、毎月一から二個旅団のペースで撤退を進め、警護やイラク軍部隊の訓練のための要員などは残すものの、実戦部隊は公約どおり来年末までに撤退するとしている。
しかし撤退期限を切ることには、大統領選挙期間中からクリントン候補始め民主党内からも批判があり、ゲーツ国防長官も中東軍の司令官も反対であった。現在ではペトレイアス司令官の助言も受け入れ、撤退のペースや手順を検討しており、開発支援、民生協力などのソフトパワーも充実し、総合的なイラク安定化を目指している。しかし、中央政府の力は弱く、軍、警察の治安維持能力も不十分で情勢安定化にはまだ時間を要する状況にある。その中でも予定通り実戦部隊の撤退を実行するかが、今後オバマ大統領に問われることになろう。
九 アフガン情勢
アフガン情勢の安定化は、オバマ政権が当面する最も重大な課題である。しかしその情勢はむしろ悪化しつつある。カルザイ政権の統治が及んでいるのは首都カブールとその周辺にとどまり、その他のアフガン全土では、特にパキスタンとの国境地帯と南部を中心にイスラム過激派勢力との対テロ、ゲリラ戦が続いている。問題視されているのはカルザイ政権の腐敗と統治能力である。今年大統領選挙が行われるが、カルザイ大統領に代わる人物はおらず再選される可能性が高いが、政権の腐敗、無能も改められる可能性が薄い。
他方ではアルカイダやタリバンなどイスラム過激派勢力は、パキスタン国境を越えて、同国領内の部族自治地区を中心に聖域を作り、同地域を拠点にして執拗なゲリラ、テロ活動を続けている。このため、オバマ政権はパキスタン政府に対し、アフガンとの国境地区の掃討作戦を強化するよう圧力をかけている。
十 パキスタン情勢
しかしパキスタン情勢はますます悪化している。特にアフガン国境との部族自治地区とその周辺では、タリバンが厳格なイスラム法に基づく恐怖政治によって住民を支配し勢力を拡大しつつある。これに対し、米軍は無人機によるテロリストの殺害、関連施設の破壊などの作戦を行ってきた。しかしこれに対してパキスタン政府は、主権侵害として反発を強めている。他方米国オバマ政権はパキスタンに対し、対テロ掃討作戦を強化するよう圧力を強めている。
ムシャラフ政権が倒れ文民政府になり、パキスタン軍に対する政府の統制力は弱まっている。従来からパキスタン中央政府の統治は、部族自治地区などには及んでおらず、敢えて掃討作戦を行うと地域住民から反発を買い、テロが活発化するなどの問題を生ずる恐れがあった。このため、政府やパキスタン軍の掃討作戦は及び腰で、なかなか実効を挙げられなかった。また、もともとタリバンを育成しアフガンに送り込んだのはパキスタン軍統合情報部であったが、今も軍の下級将校クラスまで、タリバンに同調する勢力が浸透していると言われている。
しかしパキスタンは核兵器を保有しており、米国がもっとも恐れているのは、核兵器がテロリストの手に渡り使用されることである。このことはオバマ大統領の今年四月の「プラハ演説」でも強調されている。核兵器の管理には米軍も協力しているといわれ、簡単に奪取などできる状況にはないと言われているものの、その恐れが無いとは言えず、国際社会全体にとっても脅威となっている。米国がパキスタン政府にタリバン掃討作戦強化に圧力を加える最大の理由でもある。圧力を受けてパキスタン政府はオバマ政権になり、掃討作戦を強化しているが、それと並行してアフガン側での米軍の掃討作戦を強化し、パキスタンへの軍事援助のみならず民生支援も強化している。
このため、オバマ政権は放射性物質の管理を強化しており、このような対策は合理的ではあるが、実効をあげるまでには時間を要するであろう。それまでパキスタンの政府と軍の協力が得られるかは不明である。上記のような米国の財政事情や軍の戦力低下を考慮すると、米軍自らもアフガンとパキスタンでの掃討作戦に成功するかはわからない。米軍が失敗すればパキスタン側は、その後むしろタリバンやテロリストの標的となり、かえって不安定化する恐れもある。米国がパキスタン側の信頼を得られるか否かがかぎとなろう。
十一 北朝鮮問題
オバマ政権の対北朝鮮政策はまだ定まっていない。選挙期間中からオバマ候補は北朝鮮との対話を主張していた。その路線に従いボスワース特使を派遣し対話を求めたが、北朝鮮側は拒否したまま、むしろオバマ大統領を挑発するかのように、大統領の「プラハ演説」当日の直前に、テポドン・ミサイルの発射試験を断行した。さらにミサイル発射に対する国連の議長声明に反発して、六者会合での合意事項を破棄して、査察官を追い出し、燃料棒の再処理を開始し核関連施設を再稼動させた。その上、自衛のための核抑止力を保持するためと称し、五月には二回目の核実験を実施した。今回の核実験は前回より規模も大きく、ロシアや韓国は十から二十キロトンの出力があったとしている。核ミサイルの開発が完成に近づきつつあることを、米国はじめ国際社会に見せつけ、核保有国として認知させようとの意図が明らかである。国内的には後継体制への委譲の前に核ミサイル開発を完成させ、米国に対する最小限抑止体制を確立して対外的脅威に対する自衛体制を固め、国内の指導部の威信を確立すること、対外的には来年のNPT再検討会合に先立ち核保有国としての地位と能力を確保することであろう。
北朝鮮側は、このように着々とその最終的な戦略目標の達成を目指して歩を進めているが、オバマ政権はこれに対し、いまだに有効な対策を打ち出せないままである。目下のところはブッシュ政権の政策を継承している状況にあるが、六者会合はすでに空洞化しつつある。特に米国が期待していた中国の圧力は働かず、むしろ中国は北への接近を強めている。そうなれば、米国にとり六者会合は意義を失うことになる。
またオバマ大統領は北朝鮮との対話を公約している以上、いずれ対話呼びかけに踏み出す可能性が強い。それもクリントン国務長官かオバマ大統領自らが臨むトップレベルの会談でなければ、北朝鮮側は応じないであろう。そのトップ会談で何が論じられ、決定されるかが、今後の朝鮮半島情勢を方向付けることになる。北朝鮮を実質的に核保有国として扱うような姿勢をとれば、イランを勢いづけ国際社会での米国の威信は傷つく。しかし、それなしに北朝鮮を手なづけ、NPT再検討会議を成功させるのはむずかしいであろう。ここでもオバマ政権はジレンマに陥ることになろう。
日本としても核問題、拉致問題とも未解決のまま時間だけがたち、解決が遠のくことになりかねない。米国への期待は限界があることを見極め、日本独自に解決策を模索しなければならなくなるであろう。
十二 対中政策
オバマ政権の対中政策もブッシュ政権の政策の継承の域を出ていない。いわゆる「関与(engagement)」政策がとられている。中国に対し、リスクに備え(hedge)ながら責任ある大国に誘導するとの政策である。この方針は歴代米政権の基本方針でもあり、オバマ政権でも継承されると見られる。ただし、ブッシュ政権と比べ、ソフトパワーを重視するとの立場から、軍事的圧力よりも外交的な働きかけ、経済面での交渉といった非軍事的側面がより強調されるであろう。特に、クリントン長官の訪中では、人権問題など違いを明確にするとの姿勢を示しながらも、米国の経済苦境打開のための米国債の購入、元ドルレートの調整などへの協力が打診された。しかし中国側は拒否し、内需拡大に蓄積した資本を投入している。他方軍事面では、今年三月南シナ海で米海軍の海洋調査船が中国の海軍情報船など五隻の小型艦艇に囲まれ妨害を受けるといった事案が発生している。海南島に配備される予定の新型原子力潜水艦地下基地の建設が進み、空母建設計画が動き出すなど、中国の軍事面での体制強化が進んでいる。これに対し米国は、中国海軍の外洋海軍への成長ぶりに警戒感を募らせている。
総合的に見れば、米中関係は協調よりも角逐の側面が強まり、やや緊張を高める方向にある。オバマ政権の対中政策の調整はハードに重点を戻した政策への再転換を余儀なくされるかもしれない。
特にオバマ大統領が重視している核軍縮については、中国は、目下核戦力を質的量的に強化している唯一の核保有国であり、米露間で合意に達しても、中国が軍縮交渉に応じる可能性は少ないであろう。核戦力が一千発水準にまで削減されれば、英仏は核兵器を削減することをすでに決定しており、中国の核戦力が相対的に重要性を持つようになる。オバマ大統領が目指す、核軍縮の成否は中国が握っているといえよう。
その点で、オバマ大統領が中国に核軍縮を受け入れさせるために、どのような代償を払うのかにも、米国の拡大核抑止能力に依存し、中国の中距離弾道ミサイルの射程下にあるわが国としても注目が必要である。
米中間の通商摩擦、為替問題も日本の経済に重大な影響を及ぼすことになる。保護貿易主義の台頭や過度の通商摩擦の激化を抑制するよう両国に働きかけることも必要となろう。
十三 オバマ政権の核政策
前述したように、オバマ大統領はプラハ演説において、米露間の新たな戦略核兵器削減交渉を呼びかけ、更なる核兵器削減と最終的には「核の無い世界」を目指すと表明した。意欲的な削減提案は、国内外から賛同を集めているが、米露間のみの一方的な核戦力の大幅削減に、懸念を示す専門家も数多くいる。
その主な論点は以下のとおりであり、核戦略の専門的立場から見れば、的確な指摘である。
①ロシアは米国より劣位に立つつもりはない。目下、自国の核戦力増強能力が停滞しているため大幅削減に応じているが、その最終的な水準や運搬手段の種類と数などについては、合意形成は容易ではない。またロシアの核戦力の増強が将来可能になれば、新たな軍拡競争が再燃する可能性もある。
②中国が核削減交渉に容易に応じるとはみられない。しかし中国を交渉の枠組みに参加させなければ、中国の核戦力の増強が野放しになる。しかし、中国を参加させるための決め手はあるのか。
③北朝鮮やイランなど、核保有を目指す国、あるいはインド、パキスタン、イスラエルなど、すでに核を保有している国の核軍備管理をどうするのか、これらの国を巻き込まなければ核軍縮は意味がない。一方的な核軍縮は、むしろこれら諸国の周辺国が核恫喝を受ける危険性を高め、核の拡大抑止機能を低下させることになりかねない。
④核軍縮が進めば通常戦力の較差が新たな抑止機能として重大になってくるが、多額の予算と兵員数を必要とする通常戦力の軍備管理も進めなければ、通常戦力の軍拡競争が新たに生ずることになる。またこれまで兵員数の不足を核抑止力で補完してきたNATOなどの抑止能力は核削減が進むと低下する。
⑤核保有国の核戦力削減を進めても、国家の統制の不可能なテロリストなどによる核や放射性物質の入手や使用を抑止することにはつながらない。また北朝鮮、イランのような国から核拡散するのを有効に阻止できるかも疑問である。
以上の疑問から、オバマ大統領の主導する核軍縮は、米国とその核の傘に依存する同盟国の安全を増すことになるという保障はない。日本のように、北朝鮮、中国、ロシアの核戦力に取り囲まれている国にとり、米国の核の拡大抑止機能が低下することは、国家安全保障上看過できない重大な事態である。
以上の分析を通じ、オバマ大統領の実績は、伝えられるようなはなばなしいものではなく、多分にレトリックと感情が先行した過大評価の嫌いがあることが明らかである。むしろ、ブッシュ政権の政策を継承している側面が多い。
しかし中でもオバマ大統領が信念をもって取り組んでいる「核の無い世界」を目指す核軍縮政策は、日本の安全保障、繁栄にとっても極めて重大な影響を及ぼすものである。今後のオバマ政権の動向には十分な注意が必要であり、看過できない動きについては必要な申し入れを行い、米国内の良識派と連携し、その独走を食い止めるべきであろう。
Michael E. O’Hanlon, editor,, Opportunity 08: Independent Ideas for America’s Next President, 2nd. Edition (Brookings Institution Press; Washington, 2008), pp. 131-146.