パンデミック(感染爆発)
新型インフルエンザの流行(2)
防衛医科大学名誉教授 六反田 亮
2009年4月23日、新型インフルエンザの発生と流行をWHOが発表してから、約1ヶ月で関東地方にも、患者が発生しました。関西では5月8日にカナダから帰国した大阪の高校生2人と教諭1人の感染者が成田空港で見つけられ(これは水際でのウイルス進入防止対策の成功例であるといわれました)、5月16日、神戸で渡航歴のない男子高校生が発症しことが発表されました(この時点ですでに平熱にもどり、自宅療養中)。このことは感染が国内で広がりはじめ、水際防止対策が必ずしも有効でなかったことを示しています。感染は広がり続け、兵庫県、大阪府で国内感染者は19日、計189人に達し、成田空港の検疫で確認された大阪府の高校生らとの合計は193人となり、さらに京都府、滋賀県に広がっています。
新幹線は西日本方面から1日170本以上の列車が東京駅に到着します。航空機は関西方面から1日20本以上が羽田空港に到着します。それにもかかわらず関東で患者発生が発表されたのは5月20日、しかもニューヨークから帰国した女子高生2名(東京都と神奈川県。これも水際対策から漏れた例となります。この時点での国内感染者は267人)であったのは、ちょっと意外でした。もっと早くに丸の内界隈で働く人にでるのではと思っていたからです。その後、東京目黒区、埼玉県(関西旅行歴あり)と広まっています。
そこで個人でできる感染予防策について解説してみようと思います。
これについてはすでにテレビ、新聞、週刊誌あるいはインターネットで、見ることができます。特に大切と思われることについて、少し突っ込んで説明しましょう。
手洗いはなぜ大切なのか。
インフルエンザ感染に限らず、手(指)は感染の伝播に非常に重要な役割を演じます。手から鼻、手から眼(結膜)、手から口、手—物(ハンカチ、タオル、ドアノブ等)—手のルートが考えられます。この感染ルートを断ち切るために手洗いは極めて有効です。大量の水で洗い流すだけでもある程度有効ですが、石鹸、逆性石鹸、消毒薬(アルコールベースの擦式手指消毒薬、ジェルタイプの手指衛生薬)を使えば更に有効です。指先だけでなく、爪の先、横、指の間もしっかり洗いましょう。できれば手首まで洗うことが勧められます。現在までのところ、新型H1N1ウイルスの感染伝播に関するデータがまだ少ないので、目や結膜、腸管からの感染の可能性については分かっていません。しかし新型インフルエンザA(H1N1)症例からの全ての呼吸器系分泌物と体液(下痢便)は感染源になりうると考えるべきであると考えられています(CDC)。小児の下痢便を扱った時は特に手洗いに気をつけましょう。
うがいについては、風邪の予防にやや有効であるとのデータ(日本の)がありますが、CDC,WHOのガイダンスには、うがいははいっていません。厚労省は手洗いとうがいを勧めています。この違いは日本人のうがい好きにあるともいわれています。
マスクの有効性は。
市中でマスクを着けることが、感染防止に役立つかについては、まだ証明されていません。マスク着用が必要なのは、1,医療従事者でインフルエンザ様症状のある人と接する場合(この際はゴーグル、防御服も着用します) 2、家庭でインフルエンザ様症状のある家族の看護をする場合 3、インフルエンザ様症状のある人がやむをえず、外出する場合や人と接する場合です(咳エチケットの一つ)。咳やくしゃみのある人は“咳エチケット*”を守りましょう。
咳エチケット*
咳・くしゃみが出たら、他の人にうつさないためにマスクを着用しましょう。マスクをもっていない場合は、ティッシュなどで口と鼻を押さえ、他の人から顔をそむけて1m以上離れましょう。
鼻汁・痰などを含んだティッシュはすぐにゴミ箱に捨てましょう。
咳をしている人にマスクの着用をお願いしましょう。
CDCやWHOのガイドラインには感染予防のためにマスクを着けなさいとは書いてありません。マスク着用の有効性は確立されていないからでしょう。厚労省の対策にも“マスクを着用しているからといって、ウイルスの吸入を完全に予防できるわけではありません”と書かれています。
マスクを着ける場合でも、正しく装着するする必要があります。メキシコで多くの人がマスクを着けている光景がテレビで紹介されていました。かなりの人が口だけを覆い、鼻孔をだしていましたが、これでは全く意味がありません。顔にフィットし隙間がないことが必要です。
マスクを正しく使用しないことは、感染リスクを低下させるよりはむしろ、感染リスクの増加につながるかもしれない可能性もあります。使用済みマスク(あるいはティッシュペーパー)の廃棄には十分気をつけて下さい。直ちにビニールの袋に入れ口を閉じて下さい。
湿度はウイルス感染にどのような影響を与えるでしょうか。
インフルエンザウイルスは温度20度前後、湿度20%前後が最も生存に適した環境で、長時間空気中に漂っています。冬の気象条件はウイルスにとって非常に都合がよいことを示しています。また温度が高いとウイルスの生残率は下がります。部屋を暖かくして、湿度を50〜60%に保てば、ウイルスの感染力が低下し、空気感染が減ることが期待されます。
湿度を保つことは、呼吸器粘膜の乾燥を防ぐ意味でも、よいことであり、湿度を保つには加湿器を使うのはいいでしょう。
インフルエンザウイルスの生残、伝播、季節性に絶対湿度が影響するという論文が2009年2月に発表されています(Absolute humidity modulates influenza survival, transmission, and seasonality)。
今後、流行はどうなっていくでしょうか。
1、封じ込めに成功し、WHOの警戒段階6(フェーズ6)にはいたらない
初夏、夏にかけて終息むかう。散発的な発生が見られる(季節性インフルエンザと同様)。南半球では大きな流行が見られるかも知れない。
2、感染が拡大しフェーズ6の段階になるが、ウイルスの病原性が低いため、感染者は多いが、死者の数はそれほど多くない(現在はこの可能性が最も高いと思われる)
3、感染が拡大し続ける間に、高病原性のウイルスに変異し、多数の死者をだす。
4、夏期に入り、ウイルスの活動は衰えるが、秋から冬にかけて再燃する。この際ウイルスの病原性が高くなっていなければ、免疫を持った人がいるため大流行にはならない。
5、新たに高病原性の鳥インフルエンザH5N1が変異し、人から人へと感染するようになる。多分これが最も恐ろしい想定である。秋から冬にかけて警戒が必要である
6、季節性インフルエンザ、新型H1N1インフルエンザ、新型鳥インフルエンザH5N1が同時に流行する可能性もある。かなり深刻な事態になるであろう。
等の可能性が考えられるが、いずれにしても、これらの可能性を防ぐためには、感染の拡大を防ぐことが最重要です。また高病原性のウイルスの出現にも備えておく必要があります。今回の流行は幸いにも病原性の低いウイルスによるものであるようですが、今後の対策に大きな教訓となることでしょう。